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台風30号 11月16日

遅れるインフラ復旧と情報収拾 フィリピン台風被害現地ルポ  

 日本の国際緊急援助隊の医療チームが現地入りし、活動開始。しかし、救援の行く手を阻んでいるのは地理的条件と、情報収集の乏しさだった。

 【タクロバン=吉村英輝】日本政府の国際緊急援助隊の医療チームは15日、レイテ島の中心都市タクロバンで被災者支援に着手した。

外部との輸送施設や各種インフラが破壊された過酷な状況の中、人命救助や復旧に向けた動きは緒に就いたばかりだ。

 タクロバンは港が壊れ、飛行場は管制塔などが損壊してフル活用できない。緊急援助隊の医療チームも空路をあきらめ、レイテ島西岸の港から現地に入った。冨岡譲二副団長(52)は、「島という地理的条件が救援の手を阻んでいる」と話す。

 チーム本隊がタクロバン入りしたのは14日夜。15日朝には中心部にある市役所近くの広場にテントを設け、住民の治療を開始した。遺体収容の遅れや、水やトイレの不足により衛生状態が悪化している。

 冨岡副団長は「本来なら2日程度で現地に入れるのに、4日かかった。時間が経過しており、感染症などへの対応が必要だ」と危機感を示した。

 「詳細がつかめていない。空港に集まった他国の救援グループも行き先に困っていた」

現地入りした自衛隊国際緊急援助隊の中西信人隊長(50)は、情報の乏しさが救援活動の遅れにつながっているとの見方を示す。

被災状況は東日本大震災と同じぐらいだと説明しながら、「タクロバン以外の南部などへも部隊を送りたいが、状況が全く分からない」と述べた。

 飛行場と中心部を結ぶ幹線道路で、がれきの処理にあたっていた重機はフィリピン軍の1台しか確認できなかった。被災者による手作業の復旧作業が中心で、通信や水道を含むインフラ復旧のめどは立たない。

ラジオ局なども壊滅し、「救援が必要な被災者とのコミュニケーション手段の回復を急いでいる」(現地政府幹部)状況だ。

 混乱が続く現地では、タクロバンのロムアルデス市長とアキノ大統領との対立が、支援の遅れにつながっていると指摘する声も上がる。大統領は10日に現地を視察した際に市の対応を批判。市側はこれに反発している。

 市役所近くの広場にいたカルロスさん(58)は水や食料の不足を訴えた上で、「行政が全く機能していない。緊急事態なのに、政治家はいがみ合ってばかりいて恥ずかしくないのか」と怒りを隠さなかった。
  IZA 国際 からです

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水中に1時間「死を覚悟」=台風被災の邦人男性―比レイテ島タクロバン
時事通信 11月16日(土)6時39分配信

 【タクロバン(フィリピン中部レイテ島)時事】台風30号で甚大な被害を受けたフィリピン中部レイテ島の中心都市タクロバン在住の日本人男性が、自宅で台風の直撃を受けた際の様子を証言した。

自宅内に浸入し、高さ3メートル近くまで達した海水の中に約1時間にわたって漬かり、「死を覚悟した」と語った。
 この男性は自営業の竹内正勝さん(75)。23年前にレイテ島に移住し、フィリピン人妻(41)と12歳と10歳の息子と暮らしていた。

台風の直撃を受けた8日午前8時ごろ、海から約60メートル離れた自宅内に水が入り始めた。最初はくるぶし程度だったが、みるみるうちに水かさが増した。

 妻子とメイドの女性の4人はテーブルを踏み台にして直ちに天井裏に逃げ込んだ。水かさは高さ約3メートルの天井近くまで達したが、竹内さんは「自分も上がったら天井が崩れるかもしれない」と判断。水の中を泳いで浮いたり沈んだりしながら水が引くのを待った。

 その間、窓ガラスを突き破って木の切れ端がすごい勢いで家の中に飛び込んできた場面もあった。竹内さんは「自分もこれで終わりか。もうちょっと生きたら良かったのにな」と考えたという。

 こうした状態が約1時間続き、徐々に水が引いていき、けがをせずに済んだ。

 竹内さんの知人でタクロバン在住の元会社経営浅井久さん(76)も高潮の被害に遭った。海から約250メートルの距離にある自宅が浸水し、水かさは約2メートル50センチに達した。

 フィリピン人妻(62)と養子の女児(10)は天井裏に避難。浅井さんは目が不自由なため天井裏に上れず、キャビネットの上に立って天井から手を妻がつかんだ状態で約1時間半過ごしたという。

   (ヤフーニュース からです)

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フィリピン台風被害、犠牲者の収容に課題
TBS系(JNN) 11月16日(土)18時33分配信

 台風30号が直撃したフィリピンの、最大の被災地・レイテ島。当初より落ち着きを取り戻しつつあるようにも見えますが、いまだ犠牲者の収容も追いつかず、大きな課題となっています。

 被害が最も大きかったタクロバン。がれきが撤去された道路には、救助隊が続々とつめかけていました。避難所で話を聞いていみると・・・

 「最初の5日間は何もなくて、きのうから水や食料が各方面から届き始めました。(状況は良くなっている?)良くなっています。食料も十分にあります」(被災者)

 人々の表情も少しだけ明るさを取り戻しているようでした。ガソリンスタンドにもガソリンを積んだ車が到着していました。当初の様に、何時間も待つような混乱はありませんでした。

 さらに・・・
 「町のいたるところでマシンガンを携えた警官が警備にあたっていて、治安維持に努めています」(記者)

 一時は略奪などが横行、治安部隊との銃撃戦が起きたという情報もありましたが、16日、見る限りでは状況は落ち着いています。その一方で、まだ解決していない問題も。

 「タクロバン郊外の山間には穴を掘って遺体が埋められようとしています。しかし、まだこれだけの遺体が並んでいて埋葬が追いついていません」(記者)

 町の中にまだ遺体が横たわっている場所もあり、衛生状態が悪化する恐れがあるのです。台風の襲来からまる8日、復興の小さなきざしの一方で、大きな課題が残されています。(16日17:18)
         (ヤフーニュース からです)

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<比台風>高潮の恐怖 漂流3時間、父娘生還
毎日新聞 11月16日(土)22時40分配信

 【タナワン(フィリピン中部)佐藤賢二郎】「東日本大震災津波の映像をテレビで見たが、ここで同じような災害が起きるとは想像しなかった」。

台風30号の直撃を受けたレイテ島のラジオ局に勤めるアントニオ・トニさん(49)は壊れたタナワンの自宅前で高潮の恐怖を振り返った。

【道路脇に置かれた板には「助けて、食料を」】台風30号で甚大な被害を受けたタクロバンの様子

 上陸前日の7日、長女のジョハナマリさん(12)を連れ、取材のためタクロバンの海岸通りのラジオ局に向かった。

 8日午前6時、陸から海へ風が吹き、海水が急速に引いて砂浜が沖に向かって広がった。午前7時、今度は強烈な海風が吹き始め、その約30分後に高潮が襲った。

1分間に1~2メートル水位が上がり、ぐんぐん加速する。

平屋のラジオ局はあっという間に水没し、ジョハナマリさんは体を水に持ち上げられ、頭を天井にうちつけた。トニさんはイスを投げつけてガラス窓を破り、2人で屋根に脱出したが、高潮にのまれた。

 ジョハナマリさんは3回濁流に沈み、油の臭いのする海水を何度も飲んだ。がれきがあたって体中が痛んだ。

波にさらわれる寸前、トニさんに「つかまれ」と渡されたプラスチックの空ボトルや流木につかまって流されながら、「死ぬのか、と思った。お父さんが無事であることだけを祈っていた」。

約3時間後、トニさんは右足に傷を負った状態で救助され、「娘を捜してくれ。ピンクの長袖長ズボンだ」とうめいた。

ジョハナマリさんは立ち木につかまり、奇跡的に無傷だった。タナワンの家は無くなっていた。

 台風が年20回も襲うフィリピン。台風慣れによる油断があった。トニさんが住む集落では避難勧告を無視した住民33人が死亡した。集落長だったトニさんは7日、バイクで回って避難を呼びかけたが、応じたのは海沿いの住民だけ。

トニさんは「いままで何度も台風が来たが、内陸部は被害を受けず、慣れがあった。20年間、台風を取材してきた私自身、甘く見ていた」と悔やんだ。

住民の証言によれば、タナワンでは海岸から400メートル離れた地点でも高さ約3メートルの高潮が到達した。

          (ヤフーニュース からです)

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安否未確認邦人、41人に=比台風
時事通信 11月16日(土)21時23分配信

 外務省は16日、フィリピンの台風被害に関し、レイテ、サマール両島に居住する日本人133人のうち、92人の無事が確認されたと発表した。

これで安否未確認の日本人は41人となった。新たに無事が確認された日本人のうち、26人は既にフィリピンを出国したという。   

     (ヤフーニュース からです)

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